水戸から世界にゲームアプリを発信し続けるインディ集団、スタジオインデックス特別インタビュー

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X68000でC言語を学んだ

――ここでプログラムを担当された寺門さんにもお話を伺います。

寺門明房氏(以下、寺門):茨城県城里町出身で、東京ゲームデザイナー学院ゲームデザイナー科でプログラミングを学びました。年齢は28歳です。在籍中は就職難の時期だったり、私事で色々あったりしまして、そのまま卒業となりました。地元に戻って就職活動した際、求人情報を見つけて、2011年に入社しました。

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寺門明房氏

川瀬:3人くらい新卒で応募がきたのかな。デモを持ってきたのは彼だけで、それが採用の決め手になりました。

――ゲームデザイナー科でプログラミングを学んだ、という点が疑問なのですが・・・

寺門:当時はゲームデザイナー養成を唄いつつ、授業としてはプログラミング中心でした。ゲームの作り方は教えるから、あとは自分たちで何とかしろという感じで(笑)。1年目はX68000で主にC言語を学びましたね。最初はじゃんけんゲームみたいな簡単なものから始めて、だんだん複雑になっていって、卒業制作は縦スクロールのシューティングゲームでした。それを持って面接にのぞんだんです。Unityも就職してから覚えました。

――それはすごい。X68000でC言語を学んだ最後の世代じゃないですか?

寺門:当時、ゲームデザイナー科の3年制に在籍していたのですが、3年制が私の代で最後だったようで、まさにX68000でゲーム制作を学んだ最後の世代になりました(笑)。卒業後には、ゲームデザイナー科からゲームクリエイター科に変わったようですね。ゲームクリエイター科の中にゲームデザイナー養成講座があり、プログラマー養成を中心としたカリキュラムになっています。それとは別に企画・シナリオライター養成講座があり、ゲームデザインはそちらで学べるようになっています。

――寺門さんから見て、「HERA」の開発はどのように進みましたか?

寺門:スマホになって、新しいユーザー体験が重要だろうということになり、加速度センサーやジャイロといった本体の機能を活かす方向で技術検証が進みました。その過程で先ほども説明された、「宇宙空間を360度飛び回りながら、リングを通過していく宇宙船」のデモを作りました。そこからメカもの、SFものに進んでいった感じです。

――「HERA」の開発期間はどれくらいでしたか?

寺門:初期リリースまでは、1ヶ月くらいだったと思います。

川瀬:プロトタイプ的なバージョンでリリースして、その後もバージョンアップを続けたんですよ。特に自機のモデリングはすべて差し替えました。最初は若手のアーティストにメカのモデリングを任せたんです。ところが、アクションのたびに機体がゴム状に伸び縮みする感じの見た目になってしまい、許せなくて。最終的に自分で直してしまいました。

――売上的にはいかがでしたか?

川瀬:うーん、正直に言って良くはないですね。ただ、弊社で出したスマホゲームの中では一番ヒットしたタイトルになりました。また、スマホゲームを作っていることで、Web制作の良い宣伝になっています。パンフレットを見ただけで「ゲームアプリも作られているんですね」と興味を持っていただけるんですよ。実際にそこから契約につながることもありました。スマホゲームを作っていることで仕事の幅が広がり、本業に貢献しているのは間違いありません。

――IGDA日本が主催した「東京ロケテゲームショウ」に2012年・2013年と連続して出展されましたね。

川瀬:本当は2011年も参加したかったんですが、すでに申込み締切が終わっていたんです。リリース後も「HERA」のアップデートを継続していましたので、お客様の声を聞くために出展しました。おかげさまでいろいろなご意見をいただけました。他に神田で開催された「Independent Game Developers Summit」にも2014年、2015年と参加しています。

――開発にフィードバックされたものはありますか?

川瀬:いろいろありますが、一番はバーチャルパッドの実装です。オリジナルの「HERA」は通常攻撃はオートで行い、スマホの本体を傾けて機体を動かすようになっています。ただ、バーチャルパッドで操作したいという声が少なからず寄せられたので、開発中の「2」では実装しています。もっとも、東京ゲームショウのインディブースに出展したところ、「前の方が良かった」という声もあり・・・悩ましいですね。

――ユーザーは常にワガママですからね。両方で切り替えられるようにするとか?

川瀬:はい、それも検討中です。

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東京ゲームショウ2016

――東京ゲームショウにはいつから出展されていますか?

川瀬:2014年に申し込みましたが、残念ながら落ちてしまいました。その一方で2014年から前述した茨城県コンテンツ産業創造プロジェクトがスタートし、2015年から本プロジェクトでブース出展が始まったので、2015年・2016年と二年連続で出展しています。自治体の助成金で出展できているので、ありがたいですね。今年は続編「HEAR 破壊の女神2」をプレイアブル出展しました。