モノの道理をわきまえるAIは作れるか? SIG-AI「荘子と人工知能の解体」レポート記事掲載(動画公開)

不知の知を備えるAIを作る

さて、これが人工知能とどのように関連するのでしょうか。三宅氏は「人工知能は人間(生物)のように賢い知性を持つ機械(プログラム)の構築が目標だが、賢い知性が賢い行動をするとは限らない」と問題提起しました。荘子風に言えば「賢いはずの人間が小知に囚われ、愚かな行為をする。その模倣をする限り、同じ問題が生まれる」というわけです。フランケンシュタインやターミネーターをはじめ、この矛盾は多くの文学的テーマを産み、今も議論が続いています。

第二部では好例のグループディスカッションを実施

これに対して荘子は「知性ではなく、行動の賢さに着目するべきで、行動が賢いなら愚かでもかまわない」という思想を展開します。その背景にあるのが戦乱が続いた当時の社会事情で、「不知の知」という概念もこれが元になりました。これを現代風に解釈すれば、「知能は生物が持ち、環境にはない」とする従来の人工知能論を凌駕し、「小知を持つ生物が、知性(道理)を持つ環境と調和して正しい振る舞いを行う」とする、東洋的ともいえる人工知能論につながるというわけです。

ここから三宅氏は「人工知能はこれまでエージェントアーキテクチャに代表されるように、環境の中に知性を備えた存在(エージェント)を配置し、その中で知性が自律的に環境を捉え、抽象的概念を操るという方向で研究が進んできました。しかし、そこから『環境と一緒に知性を構築する』という立ち場に移行することで、エージェントがより正しい振る舞いを行えるようになると考えられます」と議論を進めました。

30分程度のディスカッションを経て各卓が発表

また、現実のエージェントアーキテクチャは多層構造を取り、反射的な行動から抽象的な概念まで、さまざまな判断が異なる階層で行われ、最終的な意思決定へとまとめられていきます。この抽象度がさらに増し、高度に積み上がっていくことで、「不知の知」層を創り出せる。この層を活用して世界と接続できれば、環境と一緒に知性を構築できる。それは「キャラクターに道理をわきまえさせる」ことにつながる……このように三宅氏は分析します。

それでは「道理をわきまえさせる」とは、どういったことでしょうか? 今日のゲームAIにもナビゲーションマップやアフォーダンス情報をはじめとした知識表現や、メタAIによるバランス制御といった機能が実装されています。しかし、三宅氏はそうした限定的なものではなく、ゲーム世界が内在する数百種類ものパラメータの運動を力学系と見なして、そこから世界の流れ(=道理)を導き出し、キャラクターの意思決定と関連付けるやり方が必要だと指摘しました。

スタッフも参加して議論をリード

たしかに、荘子の唱える「道」とは人間社会に見られる現象であり、社会科学的なメカニズムだといえます。日本的に言うなら「空気」のような存在だと言えるかもしれません。一方でゲーム世界、特にMMORPGは一種の疑似社会であり、さまざまな力学が働いた結果、時にはゲーム開発者の手を離れて動き出す可能性も秘めています。そこで求められる力学解析もデータ解析の手法を応用すれば実現できる……こうした考え方は次世代のゲームAIに不可欠な要素になるでしょう。

もっとも三宅氏は「現実の人工知能はまだ、自らが創り出した概念に囚われるほど、高度な知性を備えているとはいえません」と補足します。そのためには人工知能が主観的世界を持つ、すなわち自我を備えることが必要だからです。そして人工知能の研究者は、そのために切磋琢磨していると言えます。その一方で、エージェントアーキテクチャをベースに「道理」がわかる人工知能を創るという発想は、ゲームならではだといえるでしょう。今後の実装が期待されます。(小野憲史)