SIG-AI 人工知能のための哲学塾 第弐夜「ユクスキュルと環世界」レポート記事

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「強いゲームAI」から「生物(=人間)らしいゲームAI」へ・・・。ここには深くて長い溝があります。これまでのゲームAIは、大ざっぱにまとめると「人間の良き対戦相手」を生み出す方向性で進化してきました。しかし、その方法論では後者への飛躍は難しいのではないか・・・。実際のところ海外のAAAゲームにおいても、ゲームAIを巡るブレイクスルーが視られなくなっているのが現状です。

実は学問世界でも20世紀初頭に同じような現象が生まれました。還元主義への批判です。デカルトから生まれた西洋合理主義は、要素を分解し、実験と観察を繰り返すことで、世界の秘密を明らかにしてきました。では脳細胞を取り出して実験と観察を行えば、「心」の秘密は解き明かせるでしょうか。答えは否です。こうした行き詰まりから、現象学をはじめ、さまざまな新しい学問が登場してきました。

SIG-AIによる連続セミナー「人工知能のための哲学塾」もまた、過去の哲学者が唱えた学説をふり返りながら、ゲームAIのブレイクスルーについて議論することを目的としています。一方で「ゲーム世界」と「キャラクター」の双方を兼ね備えるゲームAIは、現実世界のシミュレーションとしても格好のサンプルです。12月3日に株式会社Donutsで行われた「第弐夜」もゲーム業界内外の参加者を迎えて、議論が盛り上がりました。

第壱夜ではデカルトからフッサールへの変化を紐解くことで、「ゲームAIの意思決定」に関する議論が行われました。続く第弐夜でテーマとなったのは、意思決定によってもたらされる行為や運動と世界の関係性について、すなわち「主体」と「客体」の構造についてです。SIG正世話人の三宅陽一郎氏から「心身二元論」「環世界」「アフォーダンス」「運動学」「時間感覚」の解説を受けて、グループディスカッションへと進みました。

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三宅陽一郎氏(SIG-AI)

第零夜「概観」レポート記事

第壱夜「フッサールの現象学」レポート記事

前回の復習と心身二元論

主体と客体の関係性について論じるには、まず主体について抑える必要があります。そこで議論は前回の復習も兼ねて、身体と精神の関係性から始まりました。人間を構成するすべての分子は1年未満で入れ替わりますが、「自分」であることは変化しません。つまり人間(そして生物)は物質的存在であると共に、情報的存在であるとも言えます。ここから導き出されるのが「心身二元論」です。

もっとも、議論のポイントは「心と体のメカニズム」ではなく、「どのようなフレームワークでゲームAIを捉えれば、ゲームキャラクターはより自然な振る舞いを見せるようになるか」です。そこで三宅氏は現在のゲームAIはデカルト的な機械論的世界観の範疇に留まっているが、フッサールの現象学的アプローチをベースに拡張することで実現できる可能性が高まるのではないかと提案しました。詳細は前回のレポートを参照ください。

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前回同様に約40名が参加した

環世界とアフォーダンス、そして知識表現

さて、生物(主体)と世界(客体)はどのように連結されるのでしょうか。カエルがハエを認識するのと、カメラがハエを撮影するのとでは、どのような違いがあるのでしょうか。最大の違いは内的世界の有無です。カメラがハエを物理的・光学的情報としてフィルムに収めるのに対して、カエルはハエを餌として認知し、その結果として(距離が近く、空腹であれば)舌を延ばして補食するという行動に移ります。

ここには「感覚器(視覚)による情報の知覚」→「中枢神経網での意思決定」→「身体を用いた行動」という循環構造が見られます。ユクスキュルはこの循環構造を「機能環」とよび、各々の生物が感覚器と運動機能に即して、多彩な機能環を備えていると論じました。そして機能環の集合体によって浮かび上がってくる「生物が主体的に認識している世界」のことを「環世界」、中枢神経網で認識される固有の世界を「対世界」とよびました。

同じ花畑を見ても、二足歩行ができ、癒やしを求める人間と、羽を持ち、餌を求めるミツバチの環世界は異なるでしょう。このことはゲームAIにおいても同様の関係性が見られます。ゲームAIは一般的に世界を認識する際、人間と異なり世界にあらかじめ埋め込まれた知識表現(ナビゲーション・データ)を通して理解します。つまりゲームAIにおける対世界は知識表現の集合体だといえます。

三宅氏はここでアフォーダンスとの関連性について指摘しました。アフォーダンスとは環境が動物に対して与える「意味」のことで、動物は探索によって意味の存在を外界から学習します。これに対してゲームAIでは前述の通り、事前に知識表現という形で、ゲームAIが選択できる情報を環境に埋め込んでおきます。つまり環世界・アフォーダンス・知識表現は呼び名は違っても、本質的には同じものだといえます。

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後半ではグループディスカッションを実施

生物とゲームキャラクターの運動の違い

続いてトピックは運動に移りました。ここで紹介されたのがベルンシュタインの動作構築モデルです。それによると人間の動きには「緊張のレベル(平衡感覚を保つ)」「筋-間接のレベル(動作のリズムを制御する)」「空間のレベル(環境にあわせて運動を調節する)」「行為のレベル(複数の運動を連携させて行為を作る)」の4段階があり、それぞれの階層が結合して動作が構築されるとします。

同様の階層構造はゲームキャラクターの動きにおいても見られます。ゲームキャラクターが「歩く」場合、「基本となるアニメーション(歩くなど)」「加算アニメーション(移動にともなって腕を振るなど)」「計算による補正(IKなど)」が組み合わさり、歩行アニメーションが再生されます。この時、各々の連携をつかさどるのがゲームAIです。このようにゲームキャラクターの動作はゲームAIによるトップダウンで行われます。

しかし動物の動作はもっと複雑です。各々のレベルが相互作用をとりながら、全体として連携を保ちつつ、一連の行為が行われているといえるでしょう。直立するだけでも、人間は絶え間ないバランスの調整を無意識のうちに行っています(緊張のレベルだけで行為が完結している)。空間のレベルにおける運動には、まず身体の自己認識と、環境と関係性の構築が必用です。三宅氏は、いずれもまだまだゲームAIに欠けている要素だとします。

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グループ発表も活況だった

人工知能は時間感覚を持ち得るか

最後に三宅氏が紹介したのがベルクソンによる持続性の概念であり、時間の捉え方です。ベルクソンは、時間とは時計の中にみられるように数量化・定量化されたものではないと分析します。そして時間とは持続であり、意識に直接与えられたものだと論じました。楽しい時間はあっという間に過ぎ去るのに対して、1秒がなかなか進まないように感じるときもあります。このようにベルクソンは人と時間の関係性を捉え直したのです。

では、ゲームAIはこの「内的時間」を、持つことができるのでしょうか? ベルクソンによれば、時間とは中枢神経の中で運動している名状しがたいものであり、知能の中にしか存在しないものだといえます(時計は内的時間を持ち得ない)。もちろん、現在のところ明確な答えは存在しません。しかし、こうしたアプローチから人工知能を捉え直すことで、新たな可能性を広げることができます。

三宅氏は「人工知能はそれ自身の知識はなく、他の学問の知見を取り入れながら発達してきた」と前置きしつつ、哲学・心理学・生物学といった知見の取り込みは行われてこなかったと振り返りました。その一方で現状の人工知能には「中身」が備わっておらず、こうした学問に学ぶことで、人工知能に新たな潮流を作ることができると解説します。今回の議論が将来どのようなブレイクスルーを生み出すか期待しましょう。

「人工知能のための哲学塾」コミュニティページはこちら。

第弐夜の講演ビデオも今後公開が予定されています。第参夜「デカルトと機械論」は1月下旬~2月を予定しています。(小野憲史)