AI時代のシナリオ作成術~ゲームシナリオ制作会社が、なぜAIでシナリオプロットを生成するシステムの開発に携わったのか?~

今年2020年5月、1つの画期的特許が成立した。AIを利用し、シナリオプロットを自動生成する方法が発明されたのだ。このシステムは「ASBS(Automatic Scenario Building System):アスビス」と命名。ASBSは、データベースから物語構造を自動生成し、物語を階層的に捉えシナリオの基礎部分であるプロットから生成する。しかも従来のものと比較し、自由度がより高く、よりストーリーの破綻が起きないプロット、シナリオの生成を行うことが可能とのことだ。

このシステムは、机上の空論ではない。すでに大きな実績がある。

「2020年、もしも、手塚治虫が生きていたら、どんな未来を描くのだろう?」というコンセプトのもとに生まれた「TEZUKA 2020」プロジェクトがそれだ。プロジェクトの成果は、新作マンガ「ぱいどん」として、講談社発行の漫画雑誌「モーニング」(2020/2/27発売の13号・2020/4/16発売の20号)に掲載された。ASBSは、「ぱいどん」のストーリー作成の役割を担っていたのだ。

マンガ「ぱいどん」は、以下のサイトで全編閲覧できる。https://tezuka2020.kioxia.com/ja-jp/index.html

ASBSの開発に関わったのは、慶應義塾大学 理工学部 管理工学科 栗原聡教授と川野陽慈氏。そして株式会社エッジワークス(https://www.edge-works.co.jp/)である。エッジワークスは、ゲームシナリオの制作会社だ。

シナリオ専業の制作会社が、なぜ、自らの仕事を失うようなシステムの開発に関わったのか。社長であり、IGDA日本のSIG-GameScenario正世話人でもある山野辺一記氏に話をうかがった。

 

-- この度は、機会をいただき、ありがとうございます。ASBSで山野辺さまは、どのような位置づけで関わり、どんなことをなさったのですか。

山野辺:2017年頃、IGDA日本Sig-AI正世話人、三宅陽一郎氏の紹介で、当時、電気通信大学の栗原聡教授(現、慶應義塾大学工学部)と知り合いました。
当時、栗原教授はAIによる物語作りを研究していたので、シナリオ制作会社として研究室に参加したのが、産学連携事業のASBSの開発に関わったきっかけです。
立場としましては、自動生成で使用するデータベース作りと、小説のテキストとは異なる、シナリオとはどういう文体の成果物なのか、現場でのシナリオの目的などをアドバイスする役割でした。

 

-- なぜ、自らの仕事を失うようなシステムの開発に関わったのでしょうか?

山野辺:ASBSの研究開発が、シナリオライターの仕事を奪うとは、私は考えていません。
シナリオライターが作る作品より品質が高い、低いという問題ではなく、開発当初から、ASBSは、クリエイターの創作支援ソフトであって、シナリオライターの代用ではないからです。

 

-- ASBSは、マンガ「ぱいどん」という大きな実績があります。本当にシナリオ制作の仕事(小説・映画・マンガなどのシナリオ全般について)に耐えられるものなのでしょうか。それとも、実用になるには、まだまだ何年も先の話なのでしょうか。その場合は、なにがまだ足りないのでしょうか。

山野辺:ASBSで「ぱいどん」が担当したのは、プロット作成の部分でした。現状、脚本、小説まで、自動生成できる段階ではありません。
脚本、小説の自動生成の実用までは遠いです。完成するには、今後、成果物の構造分析と、自動生成に使用するデータの確保が必要でしょう。

 

-- ゲームシナリオ制作については、どうでしょうか。ゲームでは、多数の分岐するストーリーを制作する必要があります。ゲームシナリオ執筆の仕事にASBSは使えるものなのでしょうか。

山野辺:ゲームシナリオでは、膨大なプロットが必要とされるジャンルがあります。大量のプロットを作成する場合には、有効だと考えます。

 

-- ASBSを使うと、従来のものに比べ、シナリオはどう変わるのでしょうか。シナリオの内容?、質?、制作の仕方? どこが従来通りで、どこが変わるのでしょうか。

山野辺:内容、質は従来通りだと考えます。変わる点は、制作の方法だと思います。
大量のアイデア、プロットを作る作業時間を減らせること。それにより、作品の方向性を決めるなど物語作りに一番大事な部分にかけられる時間が長くなることです。

 

-- 従来に比べ、ASBSを使ったシナリオ制作のメリット・利点を教えてください。

山野辺:プロットを大量に作れるということは、物語の結末など、アイデアの選択肢が増えるはずです。これはメリットだと思います。

 

-- 従来に比べ、ASBSを使ったシナリオ制作の大変なところを教えてください。

山野辺:自動生成するために、使用するデータの収集と、ASBSによって作成した成果物の著作権の管理だと考えます。

-- ASBS によって、シナリオライターの仕事は、どう変わってゆくのでしょうか。

山野辺:仕事自体は、あまり変わらないと考えます。作風や登場人物の心情を最終的に決めるのはシナリオライターですから。ただASBSが生成したプロットで、シナリオライターが思いつかなかった視点、アイデアに気づく環境が増えると思います。

-- ASBSを使った場合、発注側のゲームデザイナーは、どういう風にシナリオを発注するようになるのでしょうか。従来のシナリオ発注の仕方と変わるのでしょうか。

山野辺:自動生成するために、発注する時、キーワードを明確にする必要があると考えます。
これは現在も必要なことなので、結局従来の発注方法と変わらないかも知れないですね。

-- ありがとうございました。

 

AIによって、シナリオ制作も新たなレベルに突入したようだ。一方でシナリオライターの仕事は、現状とあまりかわりがなさそう。
将棋のプロに、未知なる差し手を見出すために将棋AIが必要とされるように、ゲームシナリオライターに、未知なるプロットの発見を助けるASBS(アスビズ)が必要とされる時代となるのだろうか。
ゲームには、マルチエンディングの作品もあり、多数のプロットが必要となる。そんな時にASBSは大活躍しそうだ。そして、シナリオライターは、作品の機微の表現に集中して執筆できるようになる。

まだまだ発展の余地がありそうなASBS。近い将来、ASBSを使ったゲームに出会えることだろう。個人的には、ゲームが発売されて1年後くらいに、GDCでポストモーデムの発表をしてほしい。今後のASBSの展開が楽しみだ。

インタビュー:高橋勝輝

 

「TEZUKA 2020」プロジェクトおよびASBSについての記事は、エンタメ×AI の最新情報を紹介するコミュニティメディア「モリカトロンAIラボ」にも掲載されている。ご興味のあるかたは、以下のURLからご参考ください。

人工知能に作家性を宿らせる方法:栗原聡氏×山野辺一記氏インタビュー(前編)
https://morikatron.ai/2020/04/asbs01/?fbclid=IwAR3sLVHW9vtP_XXWwR1L21weKkqU_T8bQwkNBdk-s8xfs888fRLC1isJSPc
「AI美空ひばり」はなぜ炎上したのか?:栗原聡氏×山野辺一記氏インタビュー(後編)
https://morikatron.ai/2020/04/asbs02/?fbclid=IwAR3bQRO497xi0lJZaLjPzqzXmYj_MHscsXnwW6Hlt1wViyrIzdks1-hf98k