【AIにおける運動感覚と世界認識】
セミナーの後半では第弐夜でも登場したベルンシュタインとギブソンの研究をベースに、AIにおける運動感覚と世界認識についての議論が行われました。
第弐夜でも解説されたように、ベルンシュタインは人間の動作構築を「緊張のレベル」「筋ー間接リンクのレベル」「空間のレベル」「行為のレベル」という4段階にわけて整理しました。この背景にあるのが「協応構造」という考え方です。これは人間の持つ動作の自由度を段階的に制限して、一つの方向に身体の運動を導くというもの。人間は低次から高次へと段階を踏みながら、より複雑な行為を行っていくとします。
その一方でベルンシュタインが唱えたのが、動作制御を「先導レベル」「背景レベル」という階層構造で示すモデルです。例として「腕を動かす」という動作には、筋肉を収縮させ、骨を動かすという複雑な現象が絡み合っています。もっとも、我々はこうした動きをすべて自覚することはできません。そこで「腕を動かす」といった概念を先導レベル、骨や筋肉などの動きを背景レベルに分け、自覚可能な運動は先導レベルのみだとしました。
三宅氏はこれを既存のキャラクターアニメーションに応用するモデルを紹介しました。まず先導レベルではモーションのひな形を選択します。単に選択するだけでなく、できるだけ精緻化し、言語化することが必用です。続いて背景レベルでは、プロシージャル技術や環境との相互作用を踏まえて複雑なアニメーションデータを自動生成します。そして実際にアニメーションを再生するというやり方です。
一方、AIにおける世界の主観的認識では、ギブソンの「表面幾何学」と「生態学的知覚論」に関する議論が紹介されました。人間は通常、水平線を海と空を区切る境界線としてだけでなく、遙か彼方まで海が広がるという認識を踏まえて理解します。これは世界の認識に対して観念性が含まれることを意味しています。ギブソンはこのような認識は従来の数学的幾何学とは区別して捉えられるべきだとして、新たに「表面幾何学」と名付けました。
「生態学的知覚論」では、アフォーダンスの概念が再び取り上げられました。アフォーダンスとは環境が動物に対して与える「意味」のことで、人間は成長の過程で外界から学習していきます。第弐夜で解説されたとおり、アフォーダンスはユクスキュルが唱えた機能環とほぼ同じ概念だといえます。機能環は生物と外界、アフォーダンスは人間と外界との関係性を異なる視点で分析した概念であり、一つにまとめられそうです。
ここで三宅氏は両者をつなぐ概念として、メルロ=ポンティが著書「知覚の現象学」で唱えた「運動と背景は不可分である」という学説を紹介しました。メルロ=ポンティはどんな運動も、その運動によって規定された背景の中で行われ、両者は表裏一体であるとします。これは生物が身体を通して、主体的環境を脳内で認識しているからこそ成立する考え方です。また前半で議論した遠心性コピーの概念とも符合します。
残念ながら講演はここで終了となり、セミナーの後半では参加者が小グループを作り、講演内容を引き取る形でさまざまなディスカッションが繰り広げられました。最後に三宅氏は「哲学塾の第一期はこれで終了しますが、これまでの議論をもとに各自でさまざまなAIを研究・実装して、互いに成果を持ち寄りましょう」と挨拶。また「希望があれば第二期も開催します」と補足すると、参加者から大きな拍手が巻き起こりました。
(小野憲史)