IGDA日本、地域創生SIG準備会セミナー①を開催

NPO法人IGDA日本は、地方創生SIG(専門部会)の設立に向けた準備会セミナーを2019年7月4日にヒューマンアカデミー秋葉原校で開催しました。当日は岡山県・福岡県からオンラインでの講演も実施。人口減少社会がひきおこす諸問題に対して、ゲーム業界がどのように貢献できるか、活発な議論が行われました(取材・文:神山大輝)。

自治体が抱える現状~栃木県下野市の事例

最初に登壇した栃木県下野市で市議会議員をつとめる坂村哲也氏は、市の「立地適正化」に関する取り組みを紹介しました。下野市は15年ほど前までは商店街の賑わいがみられましたが、主に後継者不足などの理由から近年はシャッター街が続いており、店舗と住宅の一体型の建物が多いことから、新たな借り手も見つかりにくいといった点が問題となっています。

こうした状況の中、市では道の駅や古民家カフェなどを運営したり、JR石橋駅の空きスペースを利用した物販スペースを、行政と商工会の共同で企画したりといった取り組みを行っています。また、少子高齢化に対する政策として、あえて駅前に人口を集中させ、インフラや医療などの都市機能を重点的に集めるコンパクトシティ化をめざし、その上で子育て世代に対するテレワーク推奨をはじめとした、移住に繋がる動きを作りたいと語りました。

地方との善意の掛け違いを防ぐ

続いて登壇した加藤智紀氏は、地方自治体とイベントを行う際の確認事項や注意事項について講演しました。プログラミング教育に携わりながら、宮城県登米市のPR活動も積極的に行っている加藤氏。その過程で「よりよいイベントにする」ことと、「トラブルを未然に防ぐ」という2点について、自分なりのノウハウがたまってきたと言います。

地方のイベントでは「参加者のニーズ」を自治体が把握し、自治体が予算を確保の上「イベント実施者にプログラムを依頼」し、イベント実施者が「参加者に価値を提供する」というサイクルが一般的です。もっとも、自治体がイベント実施者に対して無償で依頼をする、契約に関連する部分でトラブルが発生するといったケースも少なくありません。

そのため、いいイベントを作るためには、参加者、依頼者、実施者のWinを定義することが重要です。事前に「100%の成功はどこか(成功像)」「120%の成功はどこか(大成功像)」というラインを定めることで、感情論ではなく事実ベースで次回以降のイベントを組み立てていくことが可能であると加藤氏は説明します。契約では口約束を排除し、必ず議事録やメールでエビデンスを取ることも重要です。

最後に自作の「イベント開催チェックシート」の紹介が行われました。各者のWinの設定のほか、イベント開催に重要となる電源やWi-Fi環境などの項目が事前にチェックできるというものです。加藤氏は「一般配布しているもので、個別のイベントに合わせて情報を足し引きして使ってほしいです」と呼びかけました(ダウンロードはこちら)。

海外の人材育成最前線

IGDA日本/岡山理科大の山根信二氏は、産学連携による人材育成について、主に海外動向の説明を行いました。GDC(Game Developers Conference:毎年米国で行われる世界最大のゲーム業界のカンファレンス)では毎年世界各国からのブース出展がありますが、中でもカナダは大学・州政府・企業の産官学が一体となったエコシステムが特徴的です。また、一部の州では州政府の関係者がゲーム開発企業の数や内容を把握し、産業調査の結果をもとに産業・人材を育成する仕組みを取っています。米国ではゲーム業界団体が各州の議員向けに、情報をアピールするためのWebサイトを構築するといった事例もあります。

一方、国内でも「ゲーム開発の草の根的な活動」が各地域でみられるようになりました。統計には表れないような個人開発タイトルが高い評価を受けることもあるとして、山根氏はIndependent Games Festival(IGF)2019で大賞を受賞した『Return of the Obra Dinn』の作者が、埼玉県大宮市に在住していることを紹介。このように日本は諸外国と異なり、政府の助成を借りずにゲーム業界が発展してきたため、開発者同士の草の根的なコミュニティが活発な点が特徴です。もっとも、その一方で政府・自治体がゲーム産業(個人開発の規模も含む)の全体像を掴めずにいることも事実。そのため、今後は諸外国にならい、産官学の連携が重要になってくるだろうと語られました。

また、後半ではゲーム産業の人材が他業種で活躍している例について紹介されました。実際にドイツのミュンヘンではVRブームにともないゲームエンジンの重要性が高まり、自動車産業でゲーム開発者人材が活躍しています。また、フィンランドでもまちづくり(都市計画)にゲーム研究が活かされるなど、これまで予測も付かなかったような人材活用がなされています。単純にエンターテイメントだけでは産業の持続性に不安が残る可能性もありますが、このような人材活用も含めると、ゲーム分野の知見は非常に有益なことが分かります。

商学部で進めるゲームプロデューサー育成

福岡大学商学部の藤野真氏と森田泰暢氏は、ゲーム業界におけるマネジメントについて、学生が学べる特別カリキュラム「MACOP」(Management for Creative Organization Program)の講演が行われました。MACOPは経営管理・管理会計とビジネスモデル・開発プロセス戦略・組織マネジメントを専門とする4名の研究者による合同プロジェクトとして開発された経緯があり、藤野氏らがCEDEC+KYUSHU 2016に参加した際、各々の知見がゲーム産業に活かせるのでは、と感じたことがきっかけだったといいます。

本カリキュラムの特徴はゲームづくりだけではなく、マネジメントや経営ノウハウまで理解した人材の育成を目的としていること。そのため現場からたたき上げでキャリアを重ねるのではなく、「マネジメント能力を持った上で開発現場を経験し、マネジメント層に向かうキャリアパス」の創出をめざしています。こうした理由からMACOPを履修する学生はマネジメントだけでなく、ゲームの業界研究やゲームデザインの言語化、アナログゲーム開発を通じた制作プロセスの体験などを行います。また、3年次には収支・資金計画を加えた企画書を作成する演習も行われます。

福岡市ではMACOPによる人材育成プログラムを核としながら、GFF(=GAME FACTORY’S FRIENDSHIP)やその他クリエイティブ業界、そして市のコンテンツ振興会などとも連携しながら、産官学で人材育成を進めています。クリエイティブ人材、とりわけゲーム産業に関する知識を持つ人材を育成することで、プロデューサーやプランナーに類する人材不足の解消にも繋げて行きたい考えです。「地方ではディレクション以降は分かる人間が多くても、プロデュースまで自身で行える人材は少ないのが現状です。MACOPを通して『地方でなにかを生むことのできる人材』を育てていきたい」と森田氏は語り、講演を締めくくりました。

地方創生でゲーム業界ができること

最後に登壇したのは、今回のファシリテーターをつとめたAKALI代表取締役で、総務省 地域力創造アドバイザーも務める蛭田健司氏。蛭田氏は直近の課題として人口減少を取り上げ、地方における若年層の人口流出は「良質な雇用がない」ことが理由だと説明します。このため、若年層にとって魅力的な産業(雇用の質の向上をめざす)を地方で立ち上げる必要があるとしました。2017年に実施されたソニー生命の意識調査アンケートによると、男子高校生の上位はITエンジニア、ものづくりエンジニア、ゲームクリエイターが並んでおり、女子高校生も絵を描く職業が4位に来るなど、ゲームに関係性の近い内容になっています。

一方、ゲーム業界においては東京での求人倍率が3倍を越えるなど、人手不足が深刻化している現状があり、これを解決するためにはリモートワークなどを通じた地方人材の活用が必要です。都内へのリモートワークではなく「各地にゲーム産業が根付くこと」が理想としつつ、先行事例としてゲーム都市として有名な福岡市の事例が紹介されました。福岡市には情報系・デザイン系の大学や専門学校が約30校あり、人口あたりの学生数が政令指定都市の中ではトップクラスと、若くて多様性のある人材の確保が可能です。実際、多くの企業は「優秀な人材が確保できる」ことを理由に福岡市での起業を行っています。つまり、産業を根付かせるためには、会社だけを誘致するのではなく、質の良い教育・人材育成が必須となります。

地方での人材育成は学校教育だけでなく、各種セミナーや動画教材の支援、相互扶助(『クリコミュ』などのオンラインベースのコミュニティ)なども有効です。育成された人材はテレワークによる労働のほか、地元のゲーム業界に就職する、ないしは地元の非ゲーム企業に「(3DCGのモデルの使い分けなど)ゲーム開発で扱われる概念を活用する」などの価値を生み出すことができます。地方でのゲーム産業育成は、こうした人材育成が第一歩で、そのうえで企業誘致や創業支援に関する取り組みへと発展させることが重要だと語りました。

また、講演後半には観光産業など「その他領域」に関して、ゲーム産業と繋がりのある分野の紹介も行われました。観光庁の「環境ビジョン実現プログラム2019」は一例で、観光目的・防災目的でWi-Fiを日本中に張り巡らす計画が決定しています。これはゲーム産業でも「地方でのイベントでWi-Fiが期待できる」点で大きなメリットだといえるでしょう。また、防災アプリなどでゲームの知見が活かせる、あるいは徳島県徳島市で開催中のイベント「マチ★アソビ」のように、都市空間を利用して経済効果を生むなどの取り組みが紹介されました。

2時間という限られた時間ながら、自治体の取り組みや海外事例、産学連携、自治体から依頼を受ける側の知見が集約され、非常に濃い内容となった本セミナー。今後のSIG創設に向けて期待が高まる結果だったと言えるでしょう。