書評『テクニカルアーティストスタートキット改訂版』

本書は2012年に出版された『テクニカルアーティストスタートキット』の改訂版となります。本書の初版が発⾏された頃は、⽇本国内のゲーム開発でテクニカルアーティストについての議論が盛り上がっていた時期でもありました。テクニカルアーティストの役割とは? という根本的な事から、プロジェクトでの評価の難しさ、キャリアパス、新⼈教育など、⽇本のゲーム業界最⼤の技術交流カンファレンスであるCEDECでも、幾つものセッションでテクニカルアーティストに関するテーマが取り上げられました。こうした状況の中で出版された本書の初版『テクニカル アーティスト スタート キット』は、テクニカルアーティストとして必要なCG技術の基礎と関連する数学物理、理論を総合的に学習することが出来る内容が評価されて、CEDEC AWARDS 2012 著述賞を受賞しています

そして初版から10年経過した今回の改訂版ですが、⼿に取ってまず気付くのが初版からボリュームアップしていることです。366ページから438ページとページ数が増えているのですが、初版との違いに留意しながら読み進めてみると、初版の構成は変更せず、基本的な内容を補⾜、追加する形で、MAYAやArnold、Bifrost、After EffectsといったDCCツールを使った解説や練習課題が織り込まれていることに気付きます。そして、この改訂された部分によって本書はテクニカルアーティストとしての教科書としてはもちろん、ゲーム開発のアーティスト職や、それを⽬指す学⽣にとってもより有益な書籍となっていると感じました。今回はそうした、アーティスト視点での書評をしたいと思います。

本書は以下のように構成されています。各章はそれぞれ独⽴した内容となっているので頭から順に読む必要はなく、読み⼿が必要としている箇所や興味のある箇所から読み始めることができます。

  1. カメラと座標系
  2. プロシージャ
  3. カラーモデル
  4. ライティング、シェーディングとシャドウ
  5. テクスチャ
  6. パーティクル
  7. NURBSとサブディビジョン
  8. イメージ/ムービーフォーマット

ゲーム開発のアーティスト職の新⼈やそれを⽬指す学⽣でしたら、まずは1章、4章、5章から読み始めると、CGでの絵作りの基本的な要素について学ぶことができます。数式が出てくる部分がありますが、わかりやすい概念図と合わせて解説されているので、絵作りをするための技術の仕組みや概要を理解することが出来ると思います。

「3章 カラーモデル」の章では、なるべく数式は使わない構成で、アーティスト職にもカラーマネージメントの重要性やHDRI、リニアワークフローの概要を理解できる内容になっています。表⽰技術の進化に伴い、ゲーム開発においてもワーフフローやパイプラインに関わる重要なトピックとなっています。なんとなく知っているというアーティストが、カラーマネージメントやHDI、リニアワークフローについて、しっかり理解して開発に取り組みたいという時に⾜がかりになる、まとまった内容になっています。

「6章 パーティクルの章」は⼤幅にページ数が増えて、Bifrostを使ったパーティクルやインスタンスの考え⽅、コントロールについて解説されています。パーティクルはエフェクトの制作でよく使われる表現⼿法ですが、数学物理的なパラメータをコントロールして物理現象のアニメーションを制作するので、パーティクルに関連する⼒学の理解が必要となります。⼒学の解説で数式が出てきますが、数式はひとまず置いておいて、概念図と解説でパーティクルコントロールに必要な基本的な知識レベルは理解できると思います。解説で使⽤されているBifrostはノードベースのビジュアルプログラミング環境で、ノードをつなげてパーティクル表現を作成します。エクスプレッションを使ってパーティクルをコントロールする⽅法と⽐べて、処理の流れを理解しやすくなっています。Bifrostの基本的な操作⽅法や考え⽅から説明されているので、まだBifrostを触ったことがないというアーティストでも問題ないでしょう。

なお、直接⼿を動かしてグラフィックの挙動を⾒たほうが理解しやすいというアーティストは多いのではないでしょうか。本書ではアーティストに馴染みのあるMAYAやAfter Effectsを使ってイメージを操作したり、ビジュアルプログラミング環境のBifrostを使ってパーティクルの挙動を試してみるなど、アーティスト向けに学びやすい内容になったと思います。各章の終わりに練習課題が設けられてますが、ツールを使った課題もあるのでチャレンジしてみてください。アーティストにはハードルが⾼い課題もありますが、解説を⾒ながらツールで挙動を確認することでも理解は深まると思います。

練習課題及び本⽂で扱っているツールのバージョンはMAYA2022、AfterEffects2021対応となっています。MAYA2019で試したところメニュー構成が異なっていて、試しながら読み進めるのが難しい部分がありましたので、なるべく記載されているバージョンを使⽤することをお勧めします。また、Bifrostに関してはまだまだ開発されていくと思うので、出版後にリリースされるバージョン毎にweb等で対応表のフォローしていただけるとありがたいと思いました。

テクニカルアーティストスタートキット 改訂版
出版社:ボーンデジタル
価格:5500円
公式サイト:https://www.borndigital.co.jp/book/23543.html

レビューワープロフィール
⾦久保 哲也
東京⼯芸⼤学 ゲーム学科 教授
1991〜2021 株式会社ナムコ、株式会社バンダイナムコゲームス、株式会社バンダイナムコスタジオにてアーティスト、テクニカルアニメーター、MOCAPアーティストとして開発に従事、2021年東京⼯芸⼤学 ゲーム学科に着任

カテゴリー: book