書籍『インディーゲーム・サバイバルガイド』特別メールインタビュー

インディーゲーム開発者がゲーム開発を継続していくうえで、「ゲームデザイン以外の内容を詰め込んだ」という非常にユニークな書籍『インディーゲーム・サバイバルガイド』(技術評論社)が出版されました。本書の著者で、自身も個人ゲーム作家として活躍中の一條貴彰氏(ヘッドハイ代表取締役)に、本書の内容や出版のいきさつなどについてメールインタビューを行いました。

ーー執筆に2年弱かけられたとのことですが(本文より)、執筆に至る直接的なきっかけや、エピソードなどはありましたでしょうか?

UnityやUnreal Engineなどを切り口とした、ゲームの作り方の初心者向け本は優れた書籍がたくさんあります。しかし、ゲームを作り始めた後にどうすればいいのか、という観点からの、ゲームデザインから離れた実践ノウハウ本は日本語でまとまっていないと感じていました。日々、個人ゲーム作家として開発をする中で、「将来的にこういう本を書きたいな」という構想を練り始め、草案となるアイディアや目次などを個人的に書き溜めていました。

書き溜めていた動機としては、日本では「個人や小規模チームによる開発活動で、ゲーム産業の中で生きていく」というスタイルが少ないことに危機感を覚えていたためです。新しい発想や物語を生み出すインディーの形態にもっとチャレンジする人を増やしたい、そのためには基礎知識となる活動のノウハウをまとめたい、と考えていました。

いつ執筆するかは具体的ではなかったのですが、たまたま2年前に技術評論社の村下さまからお問い合わせを頂いたことが本格始動のきっかけとなりました。

全国の書店でこの本を並べていただき、目次を立ち読みするだけでも、ゲーム作家活動を始めた学生さんや、社会人の方などが、この先の未来をイメージでき、日本のインディーゲーム開発者の層を厚くすることを目指しました。

ーー 執筆時間が長いと、進捗に山あり谷ありがあったと思いますが、途中で停滞したり、急に進捗が進んだりといったことはありましたか?

おっしゃるとおりです。具体的には本業のゲーム開発が忙しいときは執筆が停滞してしまいました。執筆中に情報が古くなったりすることもあったので、改定を進めました。しかし、ITテクノロジーに関する情報は一瞬で古くなるのが常です。ですので、本書では「常に最新の公式ソースを参照しよう」とも呼び掛けています。

ーーゲームを「完成させる」「知ってもらう」「配信する」「継続する」という各章の中で、特に執筆に力を入れたり、セールスポイントだと感じられているパートはありますか?

大きなセールスポイントは「継続」に重きを置いていることです。個人的な想いとして、個人や小規模のゲーム開発者が、ひとつの作品を作り終えたから終わりではなく、複数作を作りながら創作活動を続けていけることが大切だと考えています。ですので、展示会で開発者同士のつながりを作ったり、ファン向け活動で作家自体のファンになってもらうことについて触れたこと本書の特徴であると考えています。

ーーインディーゲーム開発者になる前に、すでにこの本があり、手に取ったと仮定します。人それぞれだとは思われますが、ご自身にとっては、どの内容が一番役に立ったと思われますか?

直接的に役に立つ内容は「プレスリリースの書き方」から始まる宣伝広報の章ではないかと感じます。先日「デジゲー博2021」で本の見本展示を行いましたが、最も来場者の反応が大きかったです。本節は、実際のゲームライターである一筆社の秦さまに原案・監修をいただいており、実際に記事を書くライターさんにも読みやすい内容を作るガイドになっています。

また、第2章の「完成させる」については、ゲームの面白さ以外の実装で意外と時間がかかってしまうポイントについて紹介しています。セーブロードやクラウドセーブなどのオンライン機能、ポーズ機能やグラフィクスオプションなどを紹介しており、かかる手間を想像しやすくなっていると思います。

ーークリエイターインタビューのテーマや選定はどのように行われましたか? また、インタビュー全体を振り返って、印象深かったことなどはありましたか?

インタビューイーのお声がけについては、まず日本発で活躍していることと、活躍の範囲がインタビューイーのなかでばらけていることをベースに考えました。スマートフォンと家庭用機、ノベルスタイルやピクセルアートなど、バラエティ豊かになるように心がけました。その上で、作家個人の戦略や表現したいことがはっきりしていることに加え、近い経歴やスタイルの作家同士で対談形式をとることで、本書ならではの視点を引き出そうと考えて設計しました。

印象深かったこととしては、実際の対談の収録がとても盛り上がったことです。苦労を分かち合う開発者同士の話し合いによって「そうそう、そういう苦労もありますよね」と共通した話題が次々に出ました。そうしたエッセンスを本として誰でもアクセスできる形でまとめることができたことは、非常に光栄で意味がある事だと思います。

ーー本の執筆に際して参考にされたり、この本を読んだ後で、さらに深く知りたい人に向けて、お勧めされたい本やサイトなどはありますか?

類似の日本語書籍は今までなかったので、執筆に参考にしたことの多くは実際の個人・小規模チームゲーム開発者の先輩や仲間、新進気鋭の開発者のみなさまから見聞きしたことです。

さらに深く知りたい人に向けては、Google検索では粗悪な情報がトップに出てしまう今、お勧めしたいのはUniteやUnreal Festなどのオフィシャルカンファレンスのログが最もお勧めできます。英語が少し読める方は、GameDeveloper(旧Gamasutrra)やGDC Vaultが信頼できるソースとして活用できます。

そして、非常に手前味噌ではありますが、私が運営しているインディーゲーム開発者向け情報サイト「IndieGamesJp.dev」では、実際の開発者のインタビューや海外のインディーゲームマーケターGameDiscoverCoの翻訳記事(執筆者と公式に提携しています)等のソースで、常に開発者に役立つ最新情報を発信しています。ぜひご覧いただけると幸いです。

IndieGamesJp.devのGameDiscoverCo提携記事

ーーゲーム作家への道を一つのゲームに例えた場合、「インディーゲームを作りたい」と思った人が、「ゲーム制作だけで生活できるようになる」うえで、お勧めの「攻略法」などはありますか?

攻略法は、とにかく開発者同士のつながりを作って、あなたが日々ゲーム開発に向き合う中で得た技術Tipsや情報を積極的に共有することです。そのためにイベントに出たり、インディーゲームのコミュニティスペースやインキュベーションプログラムなど、実際の開発者が集まる場所とのつながりを作りましょう。そこで新しい情報が交換され、生存確率が上がっていきます。

「自分は人付き合いが苦手だから」と思う方もいるかもしれませんが、コミュ強になろうというわけではありません。お友達を作ろうというのではなく、切磋琢磨できる知人を作ることが大切です。まずは、ゲーム開発に役立ったことを発信していけばよいのです。

しかしながら、いくら良い作品ができたとしても、ゲームを含めエンタメコンテンツは本当に運の要素が絡みます。ですので、どちらかといえば本書は、ゲーム制作をつづけながら生き残るための指南書になっています。サラリーマンをしながらですとか、副業をしながら作家活動をすることについても触れています。

攻略につながるかは確約できないのですが、「未だ誰も見たことのないコンセプト」「面白さの切り口」「だれもやっていない表現」等のオンリーワンがあることで、作家活動を成功させる確率は上がると考えています。

ーー他に例がないユニークな本だと思いますが、企画を通す上での苦労や、今だから話せるエピソードなどはありますか?

個人的に「この本の企画を出版社さんに通すのは難しいだろうな」と考えていたのですが、技術評論社の村下さんと意気投合し、執筆者としては苦労なく進めさせていただきました。そのなかでも、広く手に取っていただく本にしたいという思いはあり、活躍している日本のインディーゲーム開発者のインタビューを入れることで、ゲームファンでも楽しめる本にする方針にしました。

Twitterでは「こんな本は英語圏なら10年前からある」などとdisられたこともありました(苦笑)。しかし、本書は完全に日本で活動するインディーゲーム開発者に向けて書かれています。同人ゲーム・フリーゲームをはじめとした日本の豊かな個人ゲーム開発文化の発展を下地として、現在のインディーゲーム開発者は最初からSteamやモバイル、家庭用ゲーム機などでグローバルに展開することが視野に入っている方の割合が多いと感じています。ですので本書はゲーム開発を事業化して広く販売したい方にフォーカスしています。

ーー今回書かれなかったこと(投資家向けのピッチなど)は、ニュースサイト「IndieGamesJp.dev」で情報発信されていくのでしょうか? その場合、どのトピックから・・・というのはありますか?

ピッチについては、IndieGamesJp.devでは一般的なことをご紹介するにとどまります。ピッチは開発者や作品によって大きく違いますので、どちらかといえば私が運営に関わっている「iGi indie Game incubator」で、個別のゲーム開発チームをサポートしていく予定です。その経験を今後重ねていって、汎化できる情報になってきたら何らかの形で発信したいですね。

ーー変化の激しい業界だけに、本の執筆前後の数年で、インディーゲームをとりまく状況も、より変化したことと思います。本の執筆前後で一番の変化といえば何でしょうか? また、その変化はインディーゲーム開発者に対して、どのような影響を与えたと思われますか?

一番の変化は、インディーの助けとなるプログラムやコンテストが激増したことです。私は「iGi indie Game incubator」に関わっていますので、その情報は急きょ入れることができました。しかし、大量に生まれているその他の民間コンテストについては確たる情報が得られないままでしたので、本書に入れられなかったことも多かったです。開発者の選択肢が増えることはとても喜ばしいのですが、情勢の変化が激しいので、本の形で残すのは難しいと考えて判断しました。

この変化は、インディーゲームの開発とその販売で生きていく作家活動へチャレンジする人が増えていくことにつながると思っています。これによって、個人開発者もさることながら、チームアップしてゲームを作る形式が増えていくと予想しています。

しかし、日本のゲーム産業のなかでインディーの分野が盛り上がっていくにつれて、あまり素行のよくない企業や発信者も現れ始めています。本書では、そうした輩から身を守るための心がけについても触れています。

ーー本のタイトルを「インディーゲーム・サバイバルガイド」とつけられた理由は何でしたか? また、タイトルについてどのような感想をもたれていますか?

繰り返しになりますが、私はゲーム開発者の活動「継続」が最も大事だと思っていますので、「サバイバル」と付けました。ひとつの作品を出して作家さんがフェードアウトするのではなく、作家そのものにファンが付いてコンスタントに作品をリリースし続ける未来になってほしい、という願いを込めました。また、世間では「インディーズゲーム」という誤訳が結構出てしまっているので、「インディーゲーム」だよ、と言いたかったというのもあります。これは半分冗談ですが(笑)

ーー未来の読者に対してメッセージをお願いします。

この本は、UnityやUEの初心者本を読んで、次にC#やC++の本を読んで、その先に読んでもらう本、として設定しています。ゲームを作り始める前の方は、優れた初心者本があるのでまずはそちらを読んでいただき、実際にスマホやPCでゲームを動かしてみてください。その上で、さらに自分の作家活動を続けたいと思った場合は、この本に戻ってきてください。活動の継続において、様々な面で助けになります。

また繰り返しになりますが、ぜひ皆さんも自分が苦労した点や、技術Tips、イベントのノウハウなどをぜひ様々な形で共有してもらえればと思います。インディーゲーム開発者同士、まずは支え合って発展ができればと願っています。

カテゴリー: book